
定年はいつかは来るとわかっていても、なかなか現実的に考えられないものである。会社としても従業員の意識を変えるべく、50歳を過ぎたあたりから徐々に情報提供をしたり、研修プログラムを通じて、定年後を具体的に考え始めるようにいろいろ仕掛けてくる。
僕が以前勤めていた会社でも、55歳前後の時にセカンドライフセミナーと言う名前で、会社の研修所に一泊二日で集められて、情報提供と意識改革の講習を受けた。内容は、定年退職に関する手続き、退職後の暮らし、年金支給額のシミュレーションに基づくお金の計算や、会社の先輩OBの講話、シニアライフのコンサルタントの講義、果ては銀行担当者の宣伝にいたるまで、盛りだくさん、至れり尽くせりで、定年というものがいかに会社員にとって、あるいは会社にとっての重大事項であるかがよくわかった。
しかしながら、僕にとっては話を聞けば聞くほど現実から離れて行くように感じられて仕方がなかった。老後シミュレーションでは、ライフイベントをいろいろ考えて、子供がいついつ結婚して、孫が生まれて、孫が入学して、いついつ海外旅行をして・・・というのもあるのだが、モデルとされている人間像が自分とあまりに違いすぎるのか、家族と言っても別人格がいつ結婚しようと、子供を作ろうと、自分のライフイベントではなく、余計なお世話としか感じられなかった。研修なので、適当にこなしたが、一番の収穫は「これではいかん」と強い思いを持つことができたということである。
定年後のオプションとしては:
- 定年退職してとりあえず無職
- 定年後再雇用
- 再就職・転職
ということになる。

定年退職してとりあえず無職
子供も独立しており、住宅ローンも終わっており、特に固定的に大きな出費がなく、慎ましく生活をしていくのが可能な場合に限ってこのオプションはありである。公的年金が支給されるのは僕の世代の場合は65歳からなので、その間を補填する意味で企業年金の一部が支給されたり、失業保険をもらったりする。
仕事のストレスからは解放されるだろうが、悠々自適というには収入規模が小さく、趣味だ旅行だと言っても、僕の友達を見る限り、60歳ですぐに無職になってしまう人は比較的少数である。仲間が増えるまではしばらく寂しいかもしれない。
定年後再雇用
定年後再雇用を選択する人は僕の周りを見る限りでは結局のところ一番多い。最もリスクが少なく、手続きは会社がリードしてくれるので面倒なことをあれこれ考える必要がない。同じ会社の中で職場を変わる場合もあるが、いずれにせよ同じ会社であるから、変化を好まない人にとっては心地良いであろう。
しかし、年収は下がる。会社によっては「激減」と言ってもいいくらいである。「同一労働同一賃金」の原則のもとでは、現役バリバリの人と同じ仕事をさせるわけにはいかない、極めてネガティブな平等である。先に給料が決まっているのでそれに見合うように能力を下げろと言われているようなものである。
一方、責任のある仕事は任せてくれないが、比較的好きなことを自由にやらせてくれ、ストレスは少ないという面もある。例えばソフトウェア開発部門だと、長年マネジメントが忙しくてできなかったプログラミングを再開して、周囲に重宝がられているという話も聞く。家にいても何もやることがないよりは、給料は安くてもやることがあったほうが幸せである。家にいれば何もしてないと言っても多少はお金を使うが、会社に行っていればお金をもらえる。
そういうメンタリティーで、ハッピーに暮らせるならいいが、意外に続かなくて辞めてしまう人が多いのも事実である。
再就職・転職
僕は結果としては現在、イギリスで働いているわけであるが、定年後の進路を模索する過程で日本のリクルートエージェントにも登録して日本での転職の可能性も探っていた。しかし、まず募集に年齢制限が付いていて、50代以降の募集はゼロではないものの、ほとんどゼロに近い。エージェントのコンサルタントにもシニア担当の方がおられるので、多少は動きがあるのだろう。コンサルタントと面談もし、ハッピーな転職をされた人の例も紹介してもらったが、正直なところ、非常に運のいいエピソードとしか感じられなかった。
僕は元々のバックグラウンドがエンジニアリングで、長年研究開発畑でキャリアを積んで来た。こういう人材の場合、コンサルタントからも話を聞いたし、後に実際に打診も来たのは、隣国の某大手エレクトロニクス企業からのものであった。待遇はいいものの、直感的に、頭の中身を吸い取られてすぐにお払い箱になるような匂いがしたので、これは丁重にお断りした。
イギリスでの転職
それで、結局イギリスで職を見つけて転職したわけだ。イギリスでの転職活動には年齢の問題は一切関わらなかった。履歴書(CV)にも生年月日を書く必要はなく、面接でも一切聞かれない。面接で転職の動機を聞かれた時に日本での状況説明のために日本の定年制度の話をした場合もあったが、それはむしろポジティブに理解されたような印象を受けた。
年齢は全く関係なく、募集している仕事に対して自分が何ができ、どういう貢献ができるかという純粋な議論で自分の進路が決まって行くプロセスは非常に清々しかった。